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Bestshot10
第34回石垣の面影
カメラとともに全国を旅していると城跡を訪ねることも多いが、その存在にもっとも圧倒されるのは、やはり石垣であろう。もちろん、天守閣や櫓が遺されていれば、そちらにも目が行くが、存在感から言えば石垣が一番だ。私が訪ねた城跡のなかで、とりわけ、圧倒され感激的といってもよい石垣の城壁は、大分県の岡城跡と兵庫県の竹田城跡だ。ともに山城で総石垣造りとしては初期のもので、「野面積み」という自然石の形体をそのまま残し積み上げた城壁である。竹田城の築城は15世紀中盤とされているが、総石垣の造りとなったのは1585(天正13)年だったと考えられている。一方、岡城の築城自体は1185(文治元)年と伝えられるが、現在みられる総石垣の造りになったのは1596(慶長元)年だったとされる。竹田城はわずか15年で廃城となり、岡城は1874(明治7)年の廃城になったが、いずれも奇跡的に石垣はそのまま遺された。いずれせよ、両城跡ともに豪壮で荒削りの山城らしい石垣がよく遺されており、一見の価値は十分にある。
こうした自然石を積み上げた「野面積み」の石垣はその表情の豊かさに引きつけられるが、江戸初期に築造、改修された江戸城や駿府城、名古屋城のように石の整形技術の向上によって堅固さと幾何学的な美しさを兼ね備えた「切り込みはぎ」という技法で積み上げられた石垣も、その風合いは素晴らしいものがある。
泉鏡花が「城の石垣」という小品で「組連ねたるお城の壁の苔蒸す石の一個々々/\。勇將猛士幾千の髭ある面を列ねし如き、さても石垣の俤かな」と小田原城の石垣を描写している一方、安西水丸は「なまじっか復元された天守閣などない方がいい。わずかな石垣から漂う、敗者の美学のようなものがたまらない」と「ちいさな城下町」というエッセイで城跡への想いを書いている。私はいずれの想いにも共感してしまう。
北垣聰一郎「近世城郭における石垣様式編年の一考察」1975年 日本史学論集 関西大学文学部史学科創設二十五周年記念
泉鏡花「鏡花全集 卷の二十七」岩波書店 昭和17年 255/425 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1883747/1/255
安西水丸「ちいさな城下町」文春文庫
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