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​特集11月号
山口県を歩く(2)​   ~変容する観光地~

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元乃隅神社

 前回に続いて,山口県を巡り,観光地の変容について,どうとらえるべきか,もう少し考えてみたい。

 

3.逆輸入の景観 元乃隅神社
 元乃隅神社(もとのすみじんじゃ)は、日本海に沿って益田から下関に通ずる国道191号線の長門古市から8㎞ほど,結構な山道を抜けて,海食崖が続く海岸線にでたところにある。その地は海食崖にできた岩穴から,季節風などの気象条件によって海水が吹き上がるという「龍宮の潮吹」を見下ろす高台だ。
 この神社が有名になったのは,海食崖の高台にある祠近くから,「龍宮の潮吹き」のある小さな岬へ向う100mほどの階段に123基の赤い鳥居が蛇行しながら立ち並ぶ景観である。いまや,平日でも観光バス,自家用車がひっきりなしにやってくる。
 これを有名に2015年,CNNによって「Japan's 31 most beautiful places」(日本の最も美しい場所31選)に選ばれ,その後,インバウンド客により,インスタグラムなどのSNSで拡散し,人気観光地になった,逆輸入の景観美なのだ。確かにインスタ映えする風景ではある。
ただ,この神社は,宗教法人でも無く,あくまでの地元の方の私有物なのである。1955年にお告げによって建立されたと言い,稲荷様を祀っている。赤い鳥居自体は、1987年から10年間かけて順次奉納されたものだという。とくに地元に根付いた伝統的なものではない。
 また,神社の祠,鳥居そのものも宮大工的な技術が結集されているだけでなく,赤い鳥居の林立と青い海というロケーション的かつ色彩的なビジュアルがウケているといってよい。それ故,日本の伝統的な景観かといわれていると少し疑問をもつ。いわば,ビジュアル的に外国人ウケする景観といってよいだろう。これは,山梨県の富士吉田の新倉山(あらくらやま)公園の忠霊塔(五重塔のような建造物)とサクラと富士山の景観がいまや日本の代表的景観になっているのと同じ現象である。
 これからさらにインバウンド客を誘致しようということであれば,日本の新しい景観,観光資源として受け入れていくべき景観なのかもしれない。しかし,気になる点は,こうした景観,観光資源が増えていくと,本来の日本のアイデンティティはどこにあるのか,見失はないか,は気になるところだ。外国人がイメージする日本に合わせた景観が新たに作り出され,あるいは,その風潮に迎合して作り替えられていく,そして逆輸入された時,本当の日本の自画像を失うのではないか,と危惧をしてしまう。私の杞憂に終わればよいのだが,ただ,日本における文化財保護や自然景観の保全の動きを見ていると,世界遺産などばかりに目が行きがちで,経済的疲弊と人口減少,高齢化などの地方が抱える課題のなかで,何を守るべきなのかの国民的なコンセンサスが出来ていないと思わざるを得ない。

 

4.「周防大島」は「瀬戸内のハワイ」なのか?
 半日ほど時間があったので,周防大島を駆け足になるが,1周してみようと思った。まず,柳井方面から大島大橋を渡って,国道437号線の終点で島の東端の伊保田まで走ってみた。この道は,島の北辺で本土と瀬戸内海を挟んで走る道で、道路の整備状況も良く気持ちの良い道路だった。途中,海浜公園や海水浴場,展望施設などがあり,おしゃれな飲食店や宿泊施設もが並び,観光の島として一定の投資がなされていることがわかる。とくに道の駅「サザンセトとうわ」周辺は,南国風の造りの道の駅も含め文化施設や行政機関もあり,人が集まりやすい海浜公園になっている。
 後述するコンセプトを除けば,道の駅も手作り感あふれる好感の持てる施設だ。ただ,文化施設のなかの「宮本常一記念館」に惹かれ,立ち寄ってみたものの,公民館の一部に古い資料展示とあまり使われているとは思えない図書資料棚があるだけで,同島出身の民俗学者で「旅する巨人」といわれる宮本常一の記念館としては寂しいものがあった。
 さらに進み,東端に近づくと水族館や陸奥記念館がある陸奥公園に辿り着くと,伊保田の集落はすぐそこだ。伊保田の港からは柳井や三津浜などへのフェリーも出ている。陸奥公園は,戦艦陸奥がこの沖で原因不明で沈没したところといわれ,その記念公園になっており,資料館と沈没地を望む展望台がある。とくに瀬戸内海の特徴的な風景を見られるのではないが,やはり海の色が大畠瀬戸への入口だけに,潮の流れや深さによって微妙に異なり,手前の海岸は集落から少し離れているので透明度もかなり高い。「陸奥」の乗組員への鎮魂の祈りを捧げつつ,長時間眺めていても飽きない海景だ。
 さて,東端まで至ったのだから,南海岸の海岸線を走ってみようと走り出したが,これが大失敗。悪路も悪路。狭隘で整備も悪い。なんとか小泊の集落まで辿り着いたが,その先の案内もないので,レンタカーを傷つけたくないこともあって,方向転換して広域農道の「大島オレンジロード」を走ることにした。この道は,ちょうど島の背骨にあたるところを走っており,その山の多くは森林と柑橘類の果樹園だ。道路の整備はまずまずであり,気が付いたことは,南岸の集落は北岸を通る国道と集落ごとにそれなりの道路が整備されていること,そして,島の何カ所かに小高い山があって,瀬戸内海の展望が開けているということだ。ただ,道路自体は,眺望が開けているところは少ない。もっとも集落が集中しているのは西端で,こちらに周防大島町の役場があり,いわば小さな街場を形成している。
 この周防大島は官民を挙げて観光振興に熱心に取り組んでおり,観光客の入込みも2019(令和元)年には107万人と過去最高になり,コロナの影響で一旦大きく下がったものの現在は復調していると考えられる。とくに「サザンセトとうわ」は2022(令和4)年には37万人の来訪があったとされ,完全に回復基調になっている。海にフルーツに温和な気候,交通の利便性,それに,それほど大資本がはいらない手作り感などが魅力になって親しみやすい観光特性があるのではないだろうか。
 さて,ひとつだけ気になったことは,同島の観光に関するコンセプトだ。
少なくとも2021(令和3)年の周防大島町の第2次周防大島町総合計画を見る限りでは,観光の主な施策として

 

(1)観光交流拠点の充実
  ・観光・交流拠点の充実
 ・アウトドア、体験型観光やメニューツアー型観光・交流活動の充実。
(2)観光・交流活動のネットワーク化
 ・観光・交流資源を相互連携したネットワーク化と周遊ルートの開発と見 

  直しなど
(3)広域観光の推進
(4)体験交流型観光の推進
 ・島の暮らしや農漁業の体験を通して体験交流型観光の推進や体験型

  修学旅行の誘致及び受け入れ体制の整備
(5)食と観光の連携

 ・食に関する町の魅力の再発見・創出及びブランド化の推進
 

などとしている。ポイントは体験型観光と地元産品と結びつけた食の観光と思われるが,突出した観光資源はないものの,ここには来訪者や消費者とっては魅力的なものが数多い同島での観光政策としてはもっともなものだと思う。
 ただ,この計画には積極的には記載はされていないが,観光誘致のパンフレットや道の駅「サザンセトとうわ」などの観光施設に行くと,「瀬戸内のハワイ」というコンセプトを打ち出している。多分,ハワイ移民も多く,ハワイのカイアイ郡と「姉妹島」も締結している土地柄でもあるから,それからの着想とは思うが,どうも違和感がある。カイアイ郡がわは「ハワイ州の周防大島」とでも言ってくれているのだろうか。
 まず,ハワイ移民などで関係が深いのは分かるが,これをコンセプトとするには,「瀬戸内」と「ハワイ」は気候も地形も風土文化にもまったく異なるのだから,何を訴えたいのか全く分からない。少しくらいヤシの木やポリネシアン風の飾りをつけてもどうもそぐわない。瀬戸内の風土,個性をもっと前面に出した方が,町の「総合計画」に合致するのではないだろうか。それこそ,宮本常一の理念にも反するような気がしてならない。
 門田岳久によれば,観光開発に関する宮本常一の理念は「離島が観光に どう向き合うべきか述べる段になると、宮本は外部資本による観光開発ではなく『自分自身の持っているものに誇りを感じる』文化資源を発見し、それを外部に提示していくべきだ、という主張をする。しかも単に見せるのではなく、観光客が『人の営み』や『かつて人びとはどのように暮らしてきたのか』という他者の生活に触れつつ、『身をもって体験』する体験型の新しい旅の形を掲げる。」だとしている。この論考の通りとすれば,町の総合計画は,この理念に近く,「瀬戸内のハワイ」は程遠いと言わざるを得ない。
 総合計画と観光プロモーションのコンセプトの一致をぜひ考えてもらいたいものだ。

 

5.「重伝建」の作為 萩の武家屋敷・柳井古市・金屋
 重要伝統的建造物群保存地区(以下重伝建)は全国104市町村126地区に及んでいる。この制度は「城下町、宿場町、門前町など全国の伝統的な集落・町並みを保存するための制度」であり,日本独特の生活文化や建築文化を後世に伝えていくための重要な施策であることは間違いところだ。私も現にかなりの数の保存地区に行ったが,確かに,日本のその地域やかつてのその地域の人々の営為に見合った建造物や地割が修復され,かつての面影を取り戻しているところも多い。
 ただ,常に気に掛かることがある。それはその地域に形成された建造物群は,まさにその地域の営為によって生み出されものだが,今やその町の産業活動や交通事情,社会構造は,かつてままではない。かつてはそこで職人にとって都合の良い構造だったり,かつては宿場町の通りにそっての商売に都合の良い構造だったりしたが,いまは商売替えがなされ,場合によっては住民すら住んでいない場合がある。
 私はかつて中国の雲南省麗江市にある「麗江古城地区」が世界文化遺産に指定された直後に当地を訪問したことがあるが, この古城を形成した納西(なし)族は,すでに観光開発を行なっている漢族に取って代わられており,郊外に移り住んでいるものが多い状況だという。店によっては新しい漢族の住民が納西族の衣装を着て接客する事態になっていると,現地のガイドから聞いた。
 日本の場合,ここまでの極端な事例はないが,かつての営みの代わりに観光業に移行している地域や全く,現在の生活と切り離し書割的な空間を創り出して観光に資する地区も見られる。重伝建地区指定にあたっては,地域活性化策として間違いなく観光客の呼び込みを当てにして計画された地区もあるので,このことを否定することも難しい。
 しかし,山口県内で言えば,「萩の武家屋敷」(萩市堀内地区)街を歩いていると,石垣,漆喰の白壁土塀,そして目玉である夏ミカンの木を植えた通りが復元修復されている。しかし,ちょっと敷地内をみれば,普通の現代的な民家が立っていたり,空き地であったり,公共施設の建物だったりしている。要するに「書割」だとしか思えない。京都の「太秦映画村」との違いをどう見出すか,気になるところだ。それでもこの街は多くの観光客が訪れているから,経済効果から言えば,今のところ良いのかもしれない。
これと対照的なのは萩市内でも「城下町の形成にともなって開かれた港町で、近世は北前船の寄港」だったという「浜崎地区」だ。すでに埋め立てで船倉も海から離れており,遺された廻船問屋などの商家も数が限られ,活用度も低く,地域活性化の要素にはなり難い。しかも周囲には普通の今時の住宅地が迫っている。これを今後どのように保存維持していくのか心配になってくる。
 一方,柳井市古谷・金屋の重伝建地区は,日本海側の「浜崎地区」とは反対の瀬戸内海側の風待ち港だったところで, 瀬戸内海交易の要衝とされ,岩国藩の台所として栄えた場所だ。こちらの重伝建地区は商家の家並みが200mほど揃い素晴らしい町並み景観になっている。しかも,商売替えもしつつも現在も工夫しながら活用されているとこも多く見られる。住民の不断の努力だろう。
 ただ,現地で聞くと,なかなか誘客に結びついていないと,不安・不満を漏らしている住民もいた。この地は,それでもまだ住民の営為がかつてとは違う形にせよ継続しているので,町並みの維持は当面できるだろうが,長期的には,この街並みを支える観光も含めた地域としての経済力が問われるだろう。
 こうしてみてみると,重伝建の趣旨は良いとしても,おそらく近い将来,地区ごとにその存在意義を問われることは,この山口の事例のみならず,起こり得るだろう。いまは,重伝建は拡大基調になり,これは文化財保護とその継承,啓蒙のためというより,地域振興・観光振興が主目的ではないかと思える作為を「世界遺産」の選定と同様に感じられる地区さえある。これからの社会構造,経済構造の変化は間違いなく保存と活用の意義,それを支える経済活動との難しい選択が間違いなく迫られるだろうから,そろそろ厳選し,いまある重伝建の保全活用に力を入れるべき時期になっているのかもしれない。

 

 山口県を一巡すると,日本海側,瀬戸内海,中国山地,そして関門海峡,さらには離島と,景観も風土も,食文化も多様性があり,変化もあって観光的には面白いところだ。ただ,メインの山陽道やメインの高速道路沿い以外は,交通インフラの維持は今後難しいのだろうとも思う。
こうしたなか,山口県が観光をどのように生かしていくか,インバウンドも含め伸び代は大きいと思うので,それを楽しみにまた訪ねたい。

参考・引用文献
第2次周防大島町総合計画 令和3年 55~7頁
https://www.town.suo-oshima.lg.jp/data/open/cnt/3/3656/1/dai2jisougoukeikaku.pdf?20210415194139
般社団法人 周防大島観光協会HP
http://www.suo-oshima-kanko.net/
門田岳久「宮本常一の社会開発論と「回収」の論理―参加と関係性の隘路をめぐって―」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/lifology/29/0/29_56/_pdf/-char/ja
文化庁「重要伝統的建造物群保存地区一覧」と「各地区の保存・活用の取組み」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/hozonchiku/judenken_ichiran.html

 

 

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元乃隅神社

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​周防大島 サザンセトとうわ

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​周防大島 宮本常一記念館

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​周防大島 陸奥記念公園

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​萩 堀内地区重伝建 

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​萩 堀内地区重伝建

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​萩 堀内地区重伝建

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​萩 江崎地区重伝建

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​柳井市 古谷・金屋地区重伝建

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​柳井市 古谷・金屋地区重伝建

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​柳井市 古谷・金屋地区重伝建

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