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ポタリングを楽しむ(Ⅰ)
          2022年12月号

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 30代から40代のころの私は、オーダーメイドのランドナー(小旅行用自転車)に乗ってロングライド(自転車での長距離走行)を楽しんでいたが、その後、仕事や雑事に取り紛れ、しばらくツーリングからも遠ざかっていたため、愛車のランドナーも処分してしまった。しかし、老境といわれる歳になって、ロングライドというより、ゆったりと、街中や郊外を散歩するように走ってみたいと思い起こし、Bromptonを手に入れた。

 Bromptonは16インチの折り畳み自転車、いわゆるミニベロ(仏語で「小自転車」)なので、マイカーに積んだり、鉄道での輪行だったり、が手軽にできる。もちろん、スピードはさほどでないが、それなりには爽快なツーリングはできる。100㎞を超えるようなロングライドというわけにはいかないし、当然のことながらヒルクライム(自転車での峠越え、山登り)のような、坂道を登るのにも向いていない。まさに散歩のように急がず、ゆったりと街や名所を気ままに巡る「ポタリング」には最適である。

 「ポタリング」は、イギリス英語のpottering(米英語ではputtering)から来ていると言われ、イギリスでは、本来「to move around without hurrying, and in a relaxed and pleasant way」(リラックスし、心地よい気分の中、急がずに動き回ること)という意味だということなので、一般的にはゆったりとした散策やヨットなどでゆっくり回遊する意味で使われていることが多いとのことだ。日本でもそれほど広く使われている言葉ではないが、自転車関連業界の中では、とくにのんびりとした自転車散策にもそれを当てはめて拡張的に使っているようだ。

 Bromptonの日本版ホームページでは、自転車の利用法として、「ポタリング」という言葉を使い紹介されている。ただ、Bromptonの英国本国のホームページには、同様の自転車の利用方は紹介されているものの、「ポタリング」という言葉は使われていない。日本の場合、自転車をどうしてもママチャリなど生活のツールとして、あるいはロードレーサー、MTBなどスポーツとしてだけのものとして見がちだけに、もう少し幅広く、ゆったり楽しむツールと考えれば、この「ポタリング」という言葉も利用価値がありそうだ。

 自転車のそのものの歴史は、比較的新しく、19世紀初頭にドイツで発明され、19世紀後半にチェーンの採用など現在の形態に近いものが生まれたという。「1870年代後半になって、イギリスに世界で最初のサイクリング同好者の組織が誕生し、世界的なサイクリング普及のきっかけ」(JCAHP)となったという。そのため、自転車が発明されたドイツをはじめ、イギリス、フランスなどで自転車の日常活動での利活用が進み、同時にレジャー、スポーツとして、さらには軍事利用までその用途を広がったという。

 日本においてもすでに明治初期にはすでに輸入され、その後国内生産も行われたが、高価であるため、富裕層の乗り物であり、さらにはビジネス利用を中心に広まった。第2次世界大戦後の1954(昭和29)年ごろからサイクリングが野外での健康的なスポーツとして認識され始めた。とくに日本では「ママチャリ」の普及が幅広い用途での活用が広がり、大衆化に大きな役割を果たした。

 1961(昭和36)年には、「『スポーツの振興法』の制定によりサイクリングは国民の心身の健全化に有効なスポーツとして 国が奨励することが明文化」され、レジャーの中でも一定の地位は得ることができた。現在、わが国の自転車の保有台数は6600万台を超え、世界的にも保有率の高い国のひとつになっている。しかし、サイクリングなど自転車活用に関しては、自転車専用道やサポート施設などのハード面、サイクリングMAPやマナーなどソフト面において、自転車先進国の欧州に比べ必ずしも十分な整備・拡充がなされてこなかった。

 エコロジーの気運の高まり、災害時の活用、健康増進、交通環境の整備、観光振興のツールなどの観点から自転車の積極的な活用が提起され、国の施策としても「自転車活用推進法」が2016(平成28)年に成立し翌年施行された。それまでも自転車に関する法律はあったが、自転車の交通環境の整備などが主で「あわせて自転車等の利用者の利便の増進に資する」といった程度で、課題対処型の法律で、自転車の積極活用という問題意識は低かったといえよう。

 2016(平成28)年の「自転車活用推進法」は、自転車が、環境改善に役立ち、災害時の機動的な特性を有すること、国民の健康の増進及び交通の混雑の緩和による経済的社会的効果を及ぼすことなどから、自転車の活用を総合的かつ計画的に推進すること目的している。その基本方針としては、自転車専用道路・自転車専用通行帯等の整備 、高い安全性を備えた良質な自転車の供給体制の整備、自転車活用による国民の健康の保持増進 、学校教育等における自転車活用による青少年の体力の向上、自転車と公共交通機関との連携の促進、自転車を活用した国際交流の促進、観光旅客の来訪の促進その他の地域活性化の支援等10数項目の施策を重点的に検討・実施することになっている。

 また、この法律に基づき、国の「自転車活用推進計画」の第1次計画が2018年に、第2次計画が2021年に閣議決定され、これを受ける形で、各都道府県や市町村が「自転車活用推進計画」を次々に策定され、その施策の実行が担保された。県によっては、極めて積極的に取り組み、観光振興や地域活性化の梃子にしようとしている。

 このように、ここ数年、サイクルツーリズムが国、地方自治体の重要な施策により、自転車道あるいは自転車専用道の整備が進んでおり、その意味では、地域によっては、サイクルツーリズムが地域活性化、観光振興の大きなツールとなりつつある。

 こうしたなか、「ポタリング」は「自転車活用推進法」など、振興法やそれに基づく推進計画には、用語として使われてはいないが、観光振興や地域活性化の梃子にしようと以上、サイクルツーリズムにおいての重要な要素になっていることは間違いないと思う。「ポタリング」を意識すべきと思う点は、まず、中級、上級向けのロングライドやヒルクライムと異なり、対象層が幅広いところである。それは、年齢は問わず、形態としてもファミリーはもとより、名所旧跡巡り、健康志向の手軽な運動、写真撮影・吟行などの趣味の小旅行、地域をじっくり楽しむインバウンドなど多種多様であり、これから地域の観光振興に必須とされる「体験型旅行」「滞在型旅行」のツールとして活用できるものだからだ。必然的に地域密着型の消費の増大に貢献することは間違いない。しかし、地方自治体で「自転車活用推進計画」の取り組みが進んでいる所も多いものの、「ポタリング」を広めるためには、対象が幅広い層だけにきめ細かな対応が求められることも間違いない。「ポタリング」を積極的に受け入れようとするならば、その条件整備の要点としては、

⑴幅広い層が安全に安心して走行でき、半日は快適なツーリングが楽しめる30~40㎞の自転車専用道の整備(必ずしも100㎞を超えるロングコースでなくともよい)。

(2)この自転車専用道を軸として沿線の名所旧跡までの適切な道路案内表示と名所旧跡の案内板の整備。

(3)軸となる自転車専用道から名所旧跡までの共用する一般道路における走行環境(できれば、自転車レーンの設置など)の整備。

(4)自転車専用道沿線のレンタサイクル(できれば乗り捨て可能にする)施設や休憩場所(カフェ、レストラン、土産物店なども含め)などのサポート施設の整備。

(5)輪行を前提とした公共交通機関の連携や二次交通としてのコミュニティバスやオンデマンドバスなどの活用。

(6)これらの情報をまとめた正確な地図の作成。イラスト入りでも良いが、距離や方角を正確に記載し、道路の高低表示も入れることも重要。

 などが挙げられよう。

 ただ、現状では課題も多い。例えば、これまで国が旗を振って整備を進めてきた大規模自転車道について言えば、1973(昭和48)年から整備が開始され、計画があった135コース、延長約 4,330km に対し、2019(令和元)年末までには、約9割が整備済みとなっているとされているものの、その自転車道は、良好な整備状況が維持されているとは言い難い。一般道との共有部分では道路幅が狭く、路肩を色で区分しただけのところもあり、標識が不十分なところも見られる。また、サポート施設の整備が進まなかったり、運営、メンテナンス体制が不十分な状態であったりしているところもある。

 さらに自転車道は河川や海岸、湖岸の堤防を利用することも多く、いわゆるロングライド用だけで考えるのならまだしも、「ポタリング」など幅広い層に利用してもらう視点からみるとルートに日影が少なく、名所旧跡などの人文資源から遠い場所に設定されていることも多い。

 

 私自身が、一部、全部を実走した、いくつかコースについて、「ポタリング」という視点から見た感想を述べると、

〇黒潮四万十自転車道:まだ整備があまり進んでおらず、一部、四万十川の堤防の上の道が専用道になっているだけである。中村市市街地から佐田沈下橋に行く際に利用できるが、途中から幅員の狭い一般道を走り、標識も不十分であるので、ポタリングとしても使いにくい。なお、四万十川は上流から下流に向け、ロングライドにうってつけの景観と沈下橋などの観光資源があるが、国道は狭い山道やトンネルも多く、快適なツーリング空間にはなっていない。

〇久比岐自転車道:上越市虫生岩戸と糸魚川市中宿間の旧国鉄北陸本線の線路跡地を利用した、自転車・歩行者専用道路。コースのほとんどが海岸線に沿って走る約32㎞のコースで、佐渡島や能登半島を望む景観が美しい。また、各所にレンガトンネルが遺されており、SLが走っていた国鉄時代の雰囲気を体感できる。また、途中に能生漁港、烏帽子岩などの観光資源も多い。標識もしっかりしており、専用MAPも充実している。アップダウンもそれほどなく、距離的にも、また、えちごトキめき鉄道の駅に近いところもあり、ポタリングに適している。

〇あづみ野やまびこ自転車道

 全長は40.6kmが整備される予定ではあるが、現在は安曇野市の拾ヵ堰を中心とした用水路沿いなど20.3 kmが整備されている状況だ。また、路面状況は必ずしも全線がよいわけではない。また、案内表示も不十分なところ多い。北アルプスと安曇野のなだらかに松本平に向って広がる水田地帯の景観は素晴らしい、穂高神社や松本の市街地に近いので、立地的にはポタリングには適しているが、現在のところは整備が不十分といえよう。観光資源としてもったいない感じがする

〇利根渡良瀬自転車道、渡良瀬川自転車道

利根渡良瀬自転車道は利根川左岸の茨城県境町境大橋から茨城県古河市の渡良瀬遊水地の南端までの約20km、渡良瀬遊水地を挟み(約10㎞)、渡良瀬川自転車道は藤岡から桐生まで約38kmのコースが設定されている。また、利根渡良瀬自転車道は、江戸川と利根川の分流点の千葉県関宿橋付近で一般道を経由して、江戸川自転車道(全長約64㎞)へとつなげられ、さらに千葉県浦安市の舞浜まで通じている

 一方、利根川右岸では、群馬県の渋川から埼玉県行田、加須を経由し久喜市の利根川橋から堤防上の舗装道路を経由する利根川自転車道があり、関宿橋付近から江戸川自転車道に入ることができる。なお、江戸川自転車道は河口近くの一部を除き、左岸、右岸とも整備されている。群馬県桐生市から千葉県舞浜まで約130㎞、群馬県渋川市の起点からまで、約170㎞の自転車道となる。江戸川から利根川の自転車道をつなげていけば、自転車・歩行者専用部分が大半なので、初心者でもロングライドに挑戦できるコースであろう。ポタリングとしては、全線走破は難しいので、30㎞程度に区切って、お目当ての訪問先を決め、ゆったり走ることをお勧めする。

 私自身も海岸部から渡良瀬遊水池あるいは埼玉県行田までは何度かに分け走行したことがあり、足利、桐生及び伊勢崎方面では、お目当ての観光資源を目指し、虫食い的にポタリングを楽しんできた。私の体験ではでポタリングを楽しむとすれば、利根渡良瀬自転車道、渡良瀬川自転車道で言えば、足利や桐生に街中散策がまず挙げられるが、気持ち良い自然の風を切ってのポタリングということであれば、渡良瀬遊水地と古河公方公園周辺もお勧めできる。

 大規模自転車道の整備状況としては、堤防や河川敷を活用している所が多く、自転車・歩行者専用道の部分も河川管理用道路を併用している場合がほとんどで、自転車道としての交通表示、通行指示、沿線の観光ポイントの案内などは必ずしも十全ではなく、バラツキもみられる。また、休憩、サポート施設も一部にはあるが、全線で整っているとは言い難く、各自転車道の連絡表示も現地では明確にはなされていない。現段階では沿線自治体は、それほど意欲的な取り組みがなされているようではないようだ。

 こうした大規模自転道の実態は全般的にはまだまだ観光資源として活用していきために不十分なところも多く、「ポタリング」のような幅広い層向けの観光資源として本腰を入れて価値を高めていく必要がある。

 次回は、「ポタリング」を含めたサイクルツーリズムに熱心に取り組んでいる茨城県で、とくに整備が進んでいる「つくばりんりんロード」の実走した感想を報告しつつ、「ポタリング」の楽しみ方を紹介してみたい。

ケンブリッジ英語辞典 
https://dictionary.cambridge.org/ja/dictionary/english/pottering
日本自転車文化協会
http://www.jba-rw.org/topics/aboutbicycle_histry_1.html
日本サイクリング協会
https://www.j-cycling.or.jp/about/
大森宣暁「わが国の自転車文化に関する一考察-ママチャリに着目して-」国際交通安全学会誌 2021年10月Vol. 46, No. 2 
https://www.jstage.jst.go.jp/article/iatssreview/46/2/46_139/_pdf
茨城県「サイクリング環境の整備」
https://www.pref.ibaraki.jp/doboku/doiji/doro/03life/cycle_sokushin.html
国立国会図書館保存:国土交通省HP大規模自転車道(2017年6月6日時点)
https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10369770/www1.mlit.go.jp/road/road/bicycle/road/index.html
国土交通省 「ナショルサイクルルート」HP
https://www.mlit.go.jp/road/bicycleuse/good-cycle-japan/national_cycle_route/

 

A8F11A9814茨城県国営ひたち海浜公園サイクリングコース.JPG
A7F11A7625埼玉県春日部市古利根川河畔.JPG
A10F11A7210茨城県かすみがうら市交流センター(ライドクエスト).JPG
A13F11A2608高知県四万十市四万十川河口付近.JPG
A12F11A1240埼玉県幸手市関宿橋付近 江戸川サイクリングロード.JPG
A14F11A2626高知県四万十市四万十川.JPG
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A23F11A1383 (2)埼玉県吉川市江戸川サイクリングロード.JPG
A24IMG_3468千葉県野田市関宿城跡付近江戸川サイクリングロード.JPG
A26F11A1393茨城県古河市利根川堤.JPG
A16IMG_5970新潟県糸魚川市能生付近久比岐自転車道.JPG
A17IMG_5989 新潟県糸魚川市能生弁天岩.JPG
A18IMG_5997新潟県糸魚川市能生.JPG
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BROMPTON

サロマ湖原生花園にて

Bサロマ湖原生花園にて

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アムステルダム 自転車レーンと駐車スペース

宇都宮市大谷街道の自転車レーン

春日部市古利根川河畔

国営ひたち海浜公園サイクリングコース

かすみがうら市交流センター(ライドクエスト)

幸手市関宿橋付近 江戸川サイクリングロード

四万十市四万十川河口付近

四万十市四万十川

四万十市佐田沈下橋 

糸魚川市能生付近久比岐自転車道

糸魚川市能生弁天岩

糸魚川市能生かにや横丁

安曇野市有明附近

安曇野市穂高付近

野田市関宿城跡付近江戸川サイクリングロード

古河市渡良瀬川堤のサイクリングロードを望む

吉川市江戸川サイクリングロード

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栃木市渡良瀬遊水地

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栃木市渡良瀬遊水地

​仁科神明宮

​仁科神明宮

​仁科神明宮

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